七夕の由来が怖い!織姫と彦星の恐ろしい秘密とは?

七夕

七夕の由来が怖いという話を聞いたことがありますか?

なぜ七夕の由来が怖いのか気になりますよね。

子供の頃から七夕を知っている人でも、由来については知らない人が多いでしょう。

今回は、七夕の怖い由来について紹介します。

七夕の由来は怖い?:伝説

七夕の由来が怖いと言われる理由は、「織女牽牛伝説(しょくじょけんぎゅうでんせつ)」の内容だと思われます。

この伝説の何が怖いのか、詳しく見ていきましょう。

織女牽牛伝説とは?

七夕の起源は中国にあります。

中国には、「織女牽牛伝説(しょくじょけんぎゅうでんせつ)」というものが存在します。

元々七夕は、この「織女牽牛伝説」と、後に紹介する「乞巧奠」の行事が混ざりあって伝わったものと言われているのです。

この時点ではまだ怖い理由はわかりませんね。

それでは、「織女牽牛伝説」の物語がどのようなものか見ていきましょう。

織女牽牛伝説の物語

中国から伝わった「織女牽牛伝説」ですが、日本では七夕に対してロマンチックなイメージがありますよね。

「七夕の由来が怖い」と聞いてもピンとこない方は、このロマンチックなイメージが先行するからかもしれません。

それでは日本で多くの人が思い描く七夕の素敵な物語と、本来の「織女牽牛伝説」の物語をそれぞれ見ていきましょう。

七夕の素敵な物語

現代日本では、七夕は年に一度離れ離れになった織姫と彦星が天の川を渡って会うという伝説が伝えられています。

1年に1度の逢瀬ということで、ロマンチックですよね。

また、日本では七夕の日に短冊に願い事を書き、笹の葉に飾る風習があります。

天気が悪いと川があふれて織姫と彦星が会えないため、この風習は、織姫と彦星が会えるように、天気が良くなるようにと願う意味も込められているそうです。

皆さんも、幼稚園や学校などで、一度は短冊に願い事を書いたことがあるのではないでしょうか。

そしてもし天気が悪かったとしても、織姫と彦星のために鵲(かささぎ)が橋を作ってくれるとも言われます。

鵲も協力してくれて、なんとも素敵なお話ですね。

七夕の本来の物語

本来の「織女牽牛伝説」の物語は以下のとおりです。

天帝の娘である織女は機織りが得意な働き者で、天の川の西の岸に住んでいた。

一方、天の川の東の岸には働き者の牛飼いの青年、牽牛が住んでいた。

天帝は働いてばかりの娘を心配し、牽牛と織女を引き合わせ、2人はめでたく結婚した。

しかし、働き者だった2人は、一緒に暮らすようになってからは、仕事をせずに天の川のほとりでおしゃべりばかりしていた。

業を煮やした天帝は2人を引き離し、一年に一度、7月7日の夜だけ、天の川を渡って会うことを許した。

今でも二人は、7月7日に会えるのを楽しみにしているという。

以上が元々の物語です。

「1年に1度会える」というのは、「1年に1度しか会えない」とも言えますね。

七夕の由来が怖い

先述の「織女牽牛伝説」は、「天の川を渡って1年に1度会う」と言えばロマンチックですが、実際は「夫婦が引き離されてしまい1年に1度しか会えなくなってしまった」というストーリーです。

「働き者だった2人が仕事をせずに暮らすようになったために引き離された」ということで、教訓の意味合いがあるのでしょう。

さすがに1年に1度しか会えないというのは悲しいですし、結婚後に仕事をしなかったからといって会えなくなってしまうのは怖いです。

もう少しチャンスはもらえなかったのでしょうか・・・。

個人的には、2人を引き合わせた天帝自身が、2人を引き離して1年に1度しか会うことを許さないというのはなかなか怖いと感じます。

このあたりが七夕の由来が怖いと言われる理由でしょう。

また、この伝説を実際の星の動きと照らし合わせてみると、皮肉なことに、織姫と彦星の星が実際に接近することはありません

というのも、織姫星(ベガ)と牽牛星(アルタイル)はどちらの星も恒星であるためです。

そして織姫星(ベガ)と牽牛星(アルタイル)は実際には約15光年離れているので、もし光の速度でお互いに向かって会いに行ったとしても、約7年半かかる計算になります。

とてもじゃ無いけど1年に1回会うのは無理ですよね。

「織姫と彦星の星が実は永遠に会えない」というところも「怖い」と言われる理由の1つです。

以上のように、「天帝によって引き離された夫婦が年に一度しか会えない」「織姫と彦星の星が実際に接近することはない」という2点から、七夕の怖い由来は「織女牽牛伝説」だと考えられます。

それでは、他にも七夕について怖いと思われる由来はないのか、呼称や行事についても確認してみましょう。

七夕の由来は怖い?:呼称・行事

七夕の呼称や行事の由来についてご紹介します。

怖いかどうかを見てみましょう。

呼称

まずは、七夕(たなばた)という呼称の由来から見ていきましょう。

七夕の由来について、日本にはいくつかの説がありますが、特に近しいとされる由来をご紹介します。

「たなばた」と呼ぶ語源は、五節句の一つである「七夕(しちせき)」が由来とされています。

「七夕(しちせき)」とは、7月7日の夕方を意味し、「たなばた」という読み方は、民間伝承である「棚機津女伝説(たなばたつめ)」から来ているそうです。

「棚機津女伝説(たなばたつめ)」とは、乙女が水辺の小屋にこもり、横板の棚がついた織機「棚機(たなばた)」を使って一か月後にやってくるお盆でご先祖様を迎えるために、一晩で白い布を織り神様に捧げていたという民間伝承。

小屋にこもって捧げものを作るところを想像すると、少し怖いかなと感じます。

しかし、ご先祖様を迎えるためにという気持ちからくるものであり、「怖い」というものではなさそうです。

行事

次に中国から日本に伝わった行事についてです。

『荊楚歳時記(けいそさいじき)』という書籍には、織姫と彦星の話が記されており、これが中国の行事「乞巧奠(きっこうでん)」の起源となっていると言われています。

「乞巧奠(きっこうでん)」は、織姫が機織り(はたおり)が上手だったことから、針仕事をする女性たちが織姫のように技術が向上するようにお供え物をして祈る行事です。

この風習は、日本にも奈良時代に伝わり、「七夕」として広まったとされています。

元々七夕は、先述の「織女牽牛伝説」と、この「乞巧奠」の行事が混ざりあって伝わったものと言われているのです。

そして日本でも、芸や技の上達を願う行事として、「乞巧奠(きっこうでん)」が行われていました。

願い事をする行事ということで、これも特に「怖い」と感じる部分はなさそうです。

以上の通り、七夕の呼称や行事の由来には「怖い」と思われる要素はなさそうですね。

やはり、「怖い」と言われるような七夕の由来は「織女牽牛伝説」だと考えられます。

まとめ

七夕は、中国から伝わった織姫と彦星の悲恋の伝説に基づく行事。

しかし、その伝説は日本で素敵にアレンジされたもので、本来は天帝によって引き離された夫婦が年に一度しか会えないという悲しい話です。

七夕の由来が怖いと言われる理由の1つは、この原話にあると思われます。

もう1つは、「織姫と彦星の星が実際に接近することはない」というところですね。

自分が怠け者にならないようにという教訓にしながらも、7月7日は恐怖を感じることなく楽しく過ごしましょう。

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